原題は "Talking to My Daughter about the Economy" なんですけど、訳書名の形容詞の羅列は何なんですかね。趣味が悪いと思うんですが、その方が売れるという出版社の判断なんでしょう。
それはともかく、これは経済の本です。経済の本なのですが、政治と民主主義の本でもあります。著者は本書のプロローグの中で、次のように語ります。
誰もが経済についてしっかりと意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件だ。
(中略)専門家に経済をゆだねることは、自分にとって大切な判断をすべて他人にまかせてしまうことにほかならない。
本書2〜3ページ、下線部は原文では傍点
そして、エピローグではこう語るのです。
大人になって社会に出ても精神を解放し続けるには、自立した考えを持つことが欠かせない。経済の仕組みを知ることと、次の難しい問いに答える能力が、精神の自由の源泉になる。
その問いとは、「自分の身の周りで、そしてはるか遠い世界で、誰が誰に何をしているのか?」というものだ。
本書241〜242ページ
このプロローグとエピローグにはさまれた本文が、経済の仕組みについて、その成り立ちにさかのぼって解き明かしていきます。一つのきっかけは、著者の娘さんが発したとされる「なぜ世の中にはこんなに格差があるのか?」という問いです。格差が生まれた要因について、第1章でジャレド・ダイヤモンドの「銃・病原菌・鉄」に沿って議論が展開されますが、第2章から「市場社会」の成立へと話が進みます。以下、「利益と借金」(第3章)、「金融(中央銀行・国家・公的債務の役割)」(第4章)、「労働市場と短期金融市場」(第5章)と説明が続きます。特に、第4章・第5章では、市場社会が本質的な不安定さをはらんでいること、その不安定さが究極的には「人間らしさ」に起因することが明らかにされます。そうだとすると、救いはどこにあるのでしょうか?
第6章以降は、「機械化」「通貨の管理(仮想通貨を含む)」「地球環境の破壊(を市場システムから見る)」という話題が続きます。「機械化」は、人間を奴隷労働から解放するかと思いきや、実際には一握りの人が富を独占し、他の人が機械を維持するための程度の低い仕事につき、貧困に苦しむ状況を作り出している。「通貨」については、中央銀行を持たないビットコインのような仮想通貨は、大規模な金融破綻に対抗する手段を持たないため、結局は政治と強く結びついた通貨の存在は避けられない。「地球環境の破壊」については、破壊が人類の存続を危うくするものであるにも関わらず、破壊と利益追求が結びついているため、「節度のない愚か者(ギリシア語でイディオテス)」は利益追求をやめられない。これらの問題に対して、著者は「すべてを民主化する」ことが一つの解になりうる、と主張しています。テクノロジーの管理を民主化する、通貨の管理つまり金融政策の決定過程を民主化する、地球の資源や生態系の管理も民主化する。これとは逆に、「すべてを市場化する」という方針も考えられるが、それは失敗する、と著者は断言します。
このように、経済とその問題点を突き詰めて考えていくと、最後は民主主義の問題に行き着く、というのが本書の肝になっています。民主主義について語る他の書物と同様に、著者もチャーチルの言葉を引用します。
チャーチルのジョークを少し言い換えると、民主主義はとんでもなくまずい統治形態だ。欠陥だらけで間違いやすく非効率で腐敗しやすい。だが、他のどんな形態よりもましなのだ。
本書219ページ
政治と経済はかくも不可分である。経済の問題は政治の問題であり、後者をよりよくしないと前者もよくならない。民主主義についても、もっと深く学ばないといけないなと感じました。