世の中にあまたある「文章読本」に、また新顔がやってきました。10代の若者がターゲットです。学校で作文の宿題を出されて困っている人向けなのかな?
津村記久子さんは、去年「水車小屋のネネ」で本屋大賞の第2位を獲得されて、話題になりました。「水車小屋のネネ」はえらい分厚くて、実はまだ手を出しかねています。単行本だと重いし、もし文庫化されても上下巻になりそうだし。津村さんは短編集や、なんてことないエッセイがとても面白いのですが、あんな分厚い小説も書くんだ、とちょっとびっくりしました。
さて、この本では津村さんはひたすら「文章を書くのが苦手な人」の立場に立って書いています。いやいや、あんな分厚い小説を書ける人がそんなこと言っても説得力ないやろ、とも思うんですが、でも案外、このくだりは津村さんの正直な心の声なのかもしれません。
わたしは文章を書くこと、つまり作文が年々苦手になってきています。書くことはないし、書きたいとも思わないし、だいいち書けるわけがない、と思うようになってきているのです。
(本書009ページ)
子供の時に「楽しんで」お話を自由に書いているのとは、わけが違うんですよね。なんせ「書くのが仕事」になってしまったわけだから。「仕事」を心の底から楽しみながらできる人、というのは、ほんの一握りの人でしょう。たいていは、いろいろな制約の元で、あんまり気が進まないなと思いつつも、「仕事」だからやっている(仕方なく、とは言わないまでも)人が大部分なはずです。それは、津村さん自身の傑作短編集である「とにかくうちに帰ります」や「この世にたやすい仕事はない」を読んでみれば、直ちに納得がいくところです。
だがしかし、津村さんは「お仕事小説」としてあんな見事な作品を書いてしまったがために、ご自分がかけた「仕事」というものへのある種の「呪い」に、とりつかれてしまったのかもしれません。本当は、書くことはとても楽しいことなのに、「これは私の仕事だ」と思ったとたんに、苦手だ/できるわけがない、というネガティブな気持ちが押し寄せてくるようになった、ということがあったりしないでしょうか。
そのような、本当かどうかちょっと疑わしい「作文の苦手な人」が書いたこの作文指南書ですが、中にあるのは、わりとオーソドックスなアドバイスです。「テーマの決め方」「メモを取る」「書き出しをどうするか」「伝えるとはどういうことか」云々。淡々と進んでいきますが、途中に登場する「作例」になると、とたんに文章が生き生きと躍動し始めるのです。なんだ、やっぱりプロの仕業じゃないか。
そうはいっても、世の中の「文章読本」は、やたら偉そうに上から目線の助言を投げつけてくるやつが多いので、徹底して「作文が苦手な人」に寄り添おうとする本書は貴重な存在だと思います。津村さんと「ちくま」の編集部に感謝しましょう。