2025年02月09日

「苦手から始める作文教室」(津村記久子著、ちくまQブックス)

 世の中にあまたある「文章読本」に、また新顔がやってきました。10代の若者がターゲットです。学校で作文の宿題を出されて困っている人向けなのかな?

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 津村記久子さんは、去年「水車小屋のネネ」で本屋大賞の第2位を獲得されて、話題になりました。「水車小屋のネネ」はえらい分厚くて、実はまだ手を出しかねています。単行本だと重いし、もし文庫化されても上下巻になりそうだし。津村さんは短編集や、なんてことないエッセイがとても面白いのですが、あんな分厚い小説も書くんだ、とちょっとびっくりしました。

 さて、この本では津村さんはひたすら「文章を書くのが苦手な人」の立場に立って書いています。いやいや、あんな分厚い小説を書ける人がそんなこと言っても説得力ないやろ、とも思うんですが、でも案外、このくだりは津村さんの正直な心の声なのかもしれません。

わたしは文章を書くこと、つまり作文が年々苦手になってきています。書くことはないし、書きたいとも思わないし、だいいち書けるわけがない、と思うようになってきているのです。

(本書009ページ)

 子供の時に「楽しんで」お話を自由に書いているのとは、わけが違うんですよね。なんせ「書くのが仕事」になってしまったわけだから。「仕事」を心の底から楽しみながらできる人、というのは、ほんの一握りの人でしょう。たいていは、いろいろな制約の元で、あんまり気が進まないなと思いつつも、「仕事」だからやっている(仕方なく、とは言わないまでも)人が大部分なはずです。それは、津村さん自身の傑作短編集である「とにかくうちに帰ります」や「この世にたやすい仕事はない」を読んでみれば、直ちに納得がいくところです。

 だがしかし、津村さんは「お仕事小説」としてあんな見事な作品を書いてしまったがために、ご自分がかけた「仕事」というものへのある種の「呪い」に、とりつかれてしまったのかもしれません。本当は、書くことはとても楽しいことなのに、「これは私の仕事だ」と思ったとたんに、苦手だ/できるわけがない、というネガティブな気持ちが押し寄せてくるようになった、ということがあったりしないでしょうか。

 そのような、本当かどうかちょっと疑わしい「作文の苦手な人」が書いたこの作文指南書ですが、中にあるのは、わりとオーソドックスなアドバイスです。「テーマの決め方」「メモを取る」「書き出しをどうするか」「伝えるとはどういうことか」云々。淡々と進んでいきますが、途中に登場する「作例」になると、とたんに文章が生き生きと躍動し始めるのです。なんだ、やっぱりプロの仕業じゃないか。

 そうはいっても、世の中の「文章読本」は、やたら偉そうに上から目線の助言を投げつけてくるやつが多いので、徹底して「作文が苦手な人」に寄り添おうとする本書は貴重な存在だと思います。津村さんと「ちくま」の編集部に感謝しましょう。

タグ:読書
Posted at 2025年02月09日 10:38:10

2025年02月01日

名古屋芸術大学ウィンドシンフォニー定期演奏会

 久しぶりに吹奏楽の演奏会に行ってきました。思い返してみると、吹奏楽の演奏会はけっこう足を運んでいるけど、アマチュアの演奏会しか行ったことがなかった気がします。今回の演奏会は、名古屋芸大の学生さんと卒業生で構成されていて、卒業生の方が多いので、まあ半分以上プロの演奏会ですね。

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 今回の演奏会は「ベルギーの音楽」がテーマとのことです。前半はベルト・アッペルモント (1973〜)、後半はヤン・ヴァンデルロースト (1956〜) の作品です。どちらも吹奏楽界隈では人気のある作曲家です。アッペルモントの「ブリュッセル・レクイエム」は最近よく取り上げられています。ヴァンデルローストは何が有名なのかな。「カンタベリー・コラール」? ちなみに、私はヴァンデルローストはオランダの人だと思っていました(物理学者のファンデルワールスと名前が似てるし)。ベルギーの人なんですね。

 1曲目、交響詩「エグモント」。「ファンファーレ・バンド」という編成での演奏です。サクソフォーンとサクソルン族金管楽器に、その他の金管楽器と打楽器を加えた編成だそうです。遠目で見ても、変ロ調と変ホ調のビューグルらしい楽器があることはわかりました。それより大きい楽器は、遠目ではちょっとユーフォニウムと区別がつかない。ユーフォニウムより少し管が細いかな?

 音楽の方ですが、中音域が分厚くて、聴き疲れるのが早いですね。野外演奏向けの編成なのかも、と思います。音色のバリエーションに乏しいのもなかなかしんどいです。サクソフォーン・サクソルンを開発したアドルフ・サックスは「音色の統一感」を追求したとのことですが、音色が均一であることって音楽表現にとってプラスになるとは限らないように思います。多彩な音色があった方が、表現の幅は広がるんじゃないのかなあ。

 2曲目、「サガ・キャンディーダ〜魔女狩りの7つの印象」。これはフル編成の吹奏楽です。木管楽器の音が聞こえて、ほっとしました。音楽は親しみやすい展開ではありますけど、あまり印象的なものではなかったかな。

 3曲目、ここから後半です。「ダイナミカ」これは面白い。ファンファーレはまあわりとよくある感じですが、そのあとのコラール部分は音の表情が豊かに変化します。またファンファーレをはさんで、次の速い部分は音使いが独特です。半音階なんかな。展開が早くてよくわからなかったけど、楽しく聴けました。

 4曲目、「管楽器のためのアダージョ」。今日の曲目の中ではこれが一番好きでした。金管の人数を減らして、抑えめの音作りです。メロディと和声の移り変わりがとても美しい。

 5曲目、「オスティナーティ」。3つの楽章が続けて演奏されます。第1楽章はちょっと単調でした。「オスティナート(あるモティーフの繰り返し)」がテーマなんでしょうけど、楽想の変化に乏しいので、だんだん飽きてきます。第2楽章は緩徐楽章で、とても興味深い仕掛けがありました。サクソフォーンのソロからアンサンブルになって、その後違う楽器のセクションに音楽が引き継がれていきます。「音色旋律」のアイデアを楽器のセクションに応用した、という趣です。楽想自体も、霊感のひらめきに満ちた素晴らしい音楽です。第3楽章は再び速く活発な楽章で、対位法的な書法が目立ちますが、ちょっと理屈っぽい感じもしました。ヴァンデルローストって、遅い楽章の方がうまいんじゃないかな。演奏者の方は、速くて派手な曲を好むんですけどね。

タグ:音楽
Posted at 2025年02月01日 11:12:19

2025年01月26日

名フィル「名曲シリーズ」:矢代秋雄ピアノ協奏曲ほか

 名古屋フィルの「第94回市民会館名曲シリーズ」に行ってきました。お目当ては、矢代秋雄のピアノ協奏曲です。指揮はロベルト・フォレス・ベセスさん、ソリストは田所光之マルセルさんです。田所さんは少し前からあちこちで紹介を見ていたので、一度聞いてみたいと思っていました。

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 1曲目は「牧神の午後への前奏曲」。冒頭のフルートのソロは気だるくしなやかで良かったんですが、他の楽器が入ってくると、なんだか「固い」感じがしました。9/8とか6/8の拍節感がはっきり聞こえてしまう。この曲ってこんなんだっけ?と思っているうちに終わってしまいました。イマイチ乗り切れなかった。

 2曲目が矢代秋雄のピアノ協奏曲です。田所さんのソロは、柔らかい音と堅い音をはっきり使い分けています。自分の座席がピアノソロを堪能するには良くなかったのですが(前列の左の方)、音の表情の豊かさは伝わってきました。曲の解釈はちょっと違和感がありました。この曲はフェルマータの後に「間」がある場面が多いのですが、ベセスさんは間を取るのがお好きでないのか、かぶせるように次のフレーズを始める傾向があります。第2楽章から第3楽章をアタッカでつないだのにはびっくりしました。解釈としてはアリなんでしょうけど、私は好きじゃなかったです。

 ここで休憩。開演前もそうだったのですが、木管の一部のメンバーはステージ上でウォーミングアップをされるようです。Esクラの人(名フィル・浅井崇子さん)がステージに出てきて、ダフクロ「全員の踊り」のソロをめっちゃ熱心に練習されてます。いろんなアーティキュレーションで、まるで練習曲みたいに。なんか、このソロ吹けるのが楽しみ!という感じがすごく伝わってきて、こちらも楽しくなってきたのですが、本番前にあんなに練習してバテないんでしょうか。

 後半の1曲目「古風なメヌエット」。これはハマってました。案外ごちゃごちゃしたフレーズがきっちり3/4に収まってます。バスクラがよく聞こえるのも嬉しいポイントです(客演・藤井香織さん)。

 2・3曲目「夜想曲より雲・祭」。「雲」はよかったですね。これもテンポの揺れは控えめでしたが、音色の移り変わりがきれいでした。「祭り」はおとなしい感じでした。もうちょっと派手な演奏が好みなんですが……あっ、座席の場所のせいで金管があまり聞こえてなかった可能性はあるかもしれないな。

 最後は「ダフニスとクロエ」第2組曲。これは名演でした。どういう音楽を作りたいのか、意思統一がはっきり感じられました。「間」があんまりないな、というのはこの曲でも感じましたが、あまり気にはなりませんでした。Esクラはブラボーです。曲が終わった後、フルートソロは立たせてもらってましたが、Esクラも立たせてあげてよ、と思いました。まあ、ソロとしては短すぎるかな。フルートや並クラと掛け合うところも多いし。なお、最後に全パートを順番に立たせる時、チェレスタと鍵盤グロッケン(ジュ・ドゥ・タンブル)の人が「えっわたしも?」みたいな顔をされてましたけど、チェレスタかっこよかったですよ。音響はよくない席でしたが、こういう表情がはっきり見えるのは楽しかったです。

 終演は20:50ぐらいでした。思ったより早くて助かりましたが、これでも自宅に着くのは22時過ぎになっちゃうんだよなあ。平日の仕事帰りに行くコンサートだから、仕方がないですね。

タグ:音楽
Posted at 2025年01月26日 00:58:51
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