文庫になったので速攻で購入しました。図書館だと数百人待ち。宮下さんの他の本はほとんど誰も借りてないのに、本屋大賞の威力はすごいねえ。
北海道の地方都市を舞台に、不器用な青年がピアノの調律師として成長していく姿を淡々と描く。3人の先輩調律師たちはそれぞれに個性的で、ときどき不穏な緊張感を漂わせている。ときどき刺々しい言葉を投げつける秋野さんが特に気になる。
いろいろなエピソードの中で、最も「僕」(主人公)らしいというか、宮下さんらしいのは、南さんという青年のくだりだろう。おそらくは引きこもりであろうこの青年が、よみがえったピアノを前に笑顔を見せ、たどたどしく「子犬のワルツ」を弾く。その後、「人にはひとりひとり生きる場所があるように、ピアノにも一台ずつふさわしい場所があるのだと思う。」とモノローグが続く。たぶん「僕」は、華やかなコンサートピアニストの専属調律師などではなく、こういう個人のピアノを心をこめて調律する人になっていくのだろう。
ふたごの姉妹は瑞々しく、愛らしく描かれる。彼女らもまた、それぞれの厳しい試練を乗り越えていく。「僕」の成長とそれが同期している、かというと、それは少し違う。彼女らは彼女らなりに成長しており、「僕」とはたまに交わる程度の関わりしかない。ただ、最後の場面でパーティー会場のピアノを調律した後、姉の和音が試しに鍵盤を叩いた直後の場面は印象的だ。
そのときのふたごの様子を僕は忘れないだろう。ふたりは、思わず、といった感じで顔を見合わせた。
「いい音」
ふりむいた由仁は目を輝かせていた。
このあと、板鳥さんの印象深い言葉が出るのだが、その余韻はいつの間にかかき消されてしまう。この含羞が、いかにも宮下さんらしい。
ちなみに、調律師の友人に言わせると、本書には「技術的な誤り」がいろいろあるそうです。まあまあ、そこは大目に見ようよ。もちろん私はぜんぜん気づきませんでした。