「よろこびの歌」の続編。音大に進んだ御木元玲は、相も変わらず自分の才能が足りないことに悩んでいる。いつも前に進めずにもたもたしている玲の背中を押すのは、やっぱり千夏ちゃんだ。
今回もやっぱり千夏ちゃん中心に話が回っていくのかな、と思いきや、3年ぶりの同窓会(2年の時のクラスだから、卒業2年後だ)の場面で「あやちゃん」が急に表に出てくる。あやちゃんは前作では名前が時々出てくるだけで、ほとんど存在感がなかった。ところが、短大を卒業して「北陸のどこかの町」に就職し、しかも「こちらに戻ってくるつもりはない」と言い切るあやちゃんに、心がざわつかされる。就職後のあやちゃんのエピソードは、その次の章で語られる。眼鏡工場というから、鯖江市だろうか。そういえば著者の宮下さんは福井県出身だった。
そして、物語を締めくくるのは、千夏ちゃんに引っ張られた玲だった。宮下さんの筆が冴える。玲の「歌の力」が解放されるさまが、見事に活写される。この歌はあやちゃんにも届くんだろうか。届いて欲しいね。
細かいことだけど、この子たちが「苗字で呼ばれるか、名前で呼ばれるか」を気にして、お互いの距離感を測っているのが、印象に残った。ちょっと男性にはわかりにくい感覚。
はい、と姿勢を正しながら、小さな驚きとよろこびに打たれてしまった。今、御木元さんが、ひかり、と呼んだ。佐々木さんから、昇格だ。(よろこびの歌)
東条さんは笑って、テーブル越しにこちらへ身を乗り出すようにし、小声でいった。
「できれば、あやちゃんのままのほうがいいです」
「え」
「さっき、あやちゃんって呼んでくれましたよね」
「ええっ」
迂闊だった。気持ちは一気に近づいたけど、まだ「東条さん」のつもりだった。(終わらない歌)
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