2015年09月23日

「鹿男あをによし」(万城目学/幻冬舎文庫)

 古都奈良を舞台とした、壮大な歴史ファンタジー。いや、歴史ファンタジーというと少し違うかな? しかし、「長い年月の間守り続けられてきたもの」を描いている点では、同じ作者の「鴨川ホルモー」「プリンセス・トヨトミ」と共通している。違うのは時間の長さで、「鴨川」が500年、「トヨトミ」が400年の歴史を描くのに対して、本作は1800年! 万城目氏の「関西三部作」の中にあっても、やはり「奈良」の歴史の長さはスケールが違うものと言わねばならない。

 文庫版の解説(俳優の児玉清氏、ドラマ化でリチャード教頭役)にある通り、関東地方から西国に教師として赴任して、さっそく生徒たちのからかいの洗礼を受ける設定は、漱石の「坊っちゃん」そっくりである。文体までも少し「坊っちゃん」を思わせるところもある。しかし、「おれ」が奈良公園で鹿に話しかけられて物語が大きく動き出してからは、もう「坊っちゃん」の面影はなくなり、代わって「鹿」のキャラクターが前面に出てくる。

 この「鹿」のやつ、神の使いと自称するわりには、それほど威厳が感じられない。ポッキーが気に入ったり、他の鹿に「人間にはお辞儀をしろ」とアドバイスしたり、「シカるべきときに」などと駄洒落を言ったり、「鼠」と1800年間もケンカし続けていたり、妙に人間臭い。もっとも、「鹿」に言わせると、神々もけっこういい加減なところがあるようだ。奈良という町は、確かに古代ゆかしき情緒を感じさせつつも、何とも「ゆるい」ところがある。本作では人類が一大危機を迎えていて、それを救うために「おれ」たちが奔走する切迫した状況が描かれているのだが、始終どことなく「ゆるさ」が感じられるのは、これまた「奈良」という町の独特の空気によるものだろう。

 「関西三部作」では、個性的で強い女性が主役級の活躍を見せる。「鴨川」では楠木ふみ、「トヨトミ」では橋場茶子と旭ゲーンズブール、そして本作では堀田イト。堀田が大奮闘する剣道の試合の描写は実に鮮やかである。このくだりを夢中で読んでいる時、ふと本の残りページがまだ半分近くあることに気づいて、「この後にまだ大きな山が来るのか、いったいどんな展開が待ってるんだ?!」と大いに興奮したものだった。この感覚は電子書籍では味わえないかもしれない。

タグ:読書
Posted at 2015年09月23日 22:59:16
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