2026年03月29日

戦争を「望んだ」戦前の民衆

 歴史家の益田肇氏(シンガポール国立大准教授)の論考が、最近よく取り上げられています。少し前に、朝日新聞デジタルの紹介記事がプレゼントされていたのを読んだばかりですが、先日中日新聞の夕刊にも取り上げられていました。(下のリンクは有料記事なので、会員以外は読めません)

東京新聞デジタル

対米開戦「軍部暴走論」を問い直す 民衆が支持した背景は 『人びとの社会戦争』を著した益田肇さん:東京新聞デジタル

〈土曜訪問〉 八十余年前、日本が米国との開戦に至ったのは、軍部の暴走が原因で、巻き込まれた国民は被害者──。戦後、一貫して有力視されて...

 この記事は、益田氏ご本人のインタビューを通して、昨年10月に刊行された「人びとの社会戦争」(岩波書店)の内容を紹介するものです。益田氏の主張の骨子は、日中・太平洋戦争の開戦は、政府・軍部が勝手に起こしたものではなく、当時の民衆が「主体的に全体主義や戦争を待望していた」ことにある、とのことです。

 なぜ民衆が戦争を待望したのか。その背景にあるのは、「ジェンダーや家族のあり方、また共同体や国家のあるべき姿をめぐる、人びとの日常生活における争い」(本記事第7段落より引用)だった、と益田氏は主張し、これを「社会戦争」と呼んでいます。個人主義・自由民主主義、享楽主義、女性の社会進出などの思想を「解放」、家父長制による秩序、男らしさ/女らしさを求める思想を「引締め」として、この2つの思想が人びとの間で対立してきた、とすると、以下のような考察が成り立ちます。

実際、「解放/引締め」で日本の近現代史を繙くと、大正から昭和初期(解放)→日中・太平洋戦争(引締め)→敗戦直後(解放)→冷戦期(引締め)と、見事に分類できるのだ。

本記事第9段落

 これの続きとして、冷戦終了(解放)→ロシアによるウクライナ侵攻を端緒とする世界秩序の不安定化(引締め)、というサイクルを付け加えることができそうです。現在、「引締め」思想を持つ人の勢力が、だんだん強くなっていることは、疑いの余地がありません。

 この記事に書かれている内容だけでは、なぜ「引締め」思想が優勢になることが、「全体主義や戦争を待望していた」ことにつながるのかは、あまり明らかではありません。先日読んだ朝日新聞の記事では、もう少し踏み込んだ解説があったような気がするのですが、もう読めないので(苦笑)、確認できません。冷戦時代は「引締め」期、と分類されていますが、その時代の日本の民衆が戦争を待望していたようには思えません。現代においても、SNSなどで「解放」派と「引締め」派のバトルをよく見かけますが、「引締め」派に属していそうな方でも「自分は戦争をやりたいと思っているわけじゃない」と主張されていることがほとんどです。

 結局「人びとの社会戦争」をちゃんと読まないといけないな、と思っているところです。はい、図書館で借りてきました。

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 まだ20ページしか読んでません。分厚いので、だいぶ時間がかかりそうです。

タグ:読書 社会
Posted at 2026年03月29日 23:54:04
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