海外文学を読むのはずいぶん久しぶりな気がします。なんで手に取ったんだったか、よく覚えてないんですが、新聞の書評か何かで見たんだったかな。それとも誰かのツイッターだったかな?
24作の短編集です。舞台は主にアメリカだけど、著者の視線はこの国で「成功した」人には全く向かっていない。著者が見ているのは、身をすりつぶすようにして働き生計を立てている、あまり裕福でない人たちだ。文章は情緒に流れることがなく、短い文で事実を淡々と書き連ねていくスタイルである。最後の一文にちょっとした驚きが仕込まれていることがよくあるが、特に「どんでん返し」を狙っているわけではなくて、大事なことを最後に言ったら自然にそうなった、という作りになっている。
本書の中でちょっと異彩を放っているのが「さあ土曜日だ」。他の短編は著者の分身とおぼしき女性が語り手になっているが、この短編は刑務所の文章教室が舞台で、語り手は囚人の男性である。解説を読むと、著者のルシア・ベルリンは刑務所で創作を教えていた経験があるらしく、ここには「先生」として著者が登場していると読み取れる。
私がとりわけ気に入ったのは「沈黙」です。内気な子供の心理があざやかに書かれているし、隣のエネルギッシュなシリア人一家の描写も、めちゃくちゃだが情の厚いジョン叔父さんの描写も、すばらしい。シリア人一家の子供ホープとの出会いは実に鮮やかです。家にも学校にも居場所がなく、「しゃべらないことに決めた」語り手に、ホープはこう話しかける。
彼女はこう言った。
本書253ページ
「まだ口きかないの?」
わたしはこっくりうなずいた。
「そ。でもあたしと話すのはノーカウントね」
わたしはフェンスを飛び越えた。その夜わたしはお友だちができたのがうれしくて、ベッドに入る時に大声で「おやすみ!」と言った。
岸本佐知子さんの訳文も鮮やかです。テンポよく連なる文章に、見事なリズム感があります。「訳者あとがき」で岸本さんはルシア・ベルリンの文章を「このむきだしの言葉、魂から直接つかみとってきたような言葉」と評しているが、それを日本語に移すことに成功したのは岸本さんの大きな功績だと思います。