2024年本屋大賞の候補に上がっていたときから、気になっていました(結果は2位、1位は宮島未奈「成瀬は天下を取りに行く」)。文庫になったので、購入して読了しました。
書店でちらっと「しゃべる鳥ネネ」という紹介を見たとき、不思議な動物が現れるファンタジー小説のジャンルなのかな?なんて思っていたのですが、ぜんぜん違ってました。「ヨウム」という名前は聞いたことがありましたが、こんなにかしこい鳥だとは知りませんでした。
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ヨウムってどんな鳥?世界一かしこいインコの知能・寿命・飼育を解説 - yumemizoo.com
ヨウムは、アフリカにすむ大型インコ。人間の言葉を覚えておしゃべりする、世界一かしこい鳥とも呼ばれる知能の持ち主です。特徴や性格、寿命、飼育のポイント、絶滅の危機まで、ヨウムをやさしく解説します。
第一話(一九八一年)では、理佐・律の姉妹が、身勝手な親から離れて2人暮らしを始めたいきさつが語られ、地域の人々にゆっくりと溶け込んでいこうとする様子が描かれます。律のきっぱりとした利発さがとても印象的です。理佐に「家出ようと思うんだけど、一緒に来る?」と聞かれたときの会話には、思わず頬が緩みます。
「お姉ちゃんと私は十個はなれてるよね」
本書39-40ページ
「そうね」
「ぎりぎりだけど、まあいいんじゃない」律はあっさりと言って、本に視線を落とす。
「九個ならことわってた」
「年齢差が二桁あることが大事なの?」
「そりゃそうだよ」
以前から感じていたんですが、津村記久子さんの文章は、ほのかなおかしみを感じさせるところがよくあります。やっぱり大阪出身の作家さんなんだなあ、と妙に納得したりします。また、律のセリフ(地の文に出てくるところも含めて)が小学校低学年の漢字だけを使って書かれているところも、なんか面白いですね。「私は小学校のし育さいばい委員会では鳥小屋係でした、と(律は)話した。」(37ページ)など。
第二話(一九九一年)では、新たな人物として聡が登場します。あまり詳しくは語られませんが、なかなかしんどい過去を抱えている人です。姉妹やネネ、(姉妹を見守る)蕎麦屋の夫妻と接するうちに、将来への希望を取り戻していく過程が描かれます。転機はいろいろありますが、「これはいつまでも覚えていそうだ、という新鮮な味と強い食感」(221ページ)の蕎麦を食べたことは、間違いなくその一つでしょう。激しい台風の中、蕎麦屋の主人の守さんを探しにいくシーンは、聡が「生きていく」力を取り戻す最大のきっかけだったと感じます。
第三話(二〇〇一年)で登場するのは、中学生の研司です。この章は、正直少し中だるみを感じました。研司の人物像が、ここまでの主要人物と比べて、少しぼやけている感じがします。中学生の男子は人格形成の真っ最中だからそういうものだ、と言えなくもないのですが、どうも印象が薄いんですね。あと、この章でも行方不明になった人を探しに行くシーンが出てきますが、これ第二話とかぶってるやん、とか、毛糸をそんな目的で使ったらすぐ切れてしまうやろせめて麻紐とかにしようや、とか、いろいろ気になってしまいました。
第四話(二〇一一年)では冒頭に東日本大震災が出てきます。離れた場所で過ごしていた人々の動揺が静かに淡々と描写されます。これを契機に、それぞれが自分のこれまでの人生を振り返って、人に「よくしてもらったこと」を思い返し、改めてそれを口に出して確かめ合ったり、別の人にそれを返そう(渡そう)と行動を起こす姿が描かれます。
文庫本の帯にもある、律のこの独白。このように思えるのは幸せなことですね。(これは第三話に出てくる一節ですが)
自分はおそらく姉やあの人たちや、これまでに出会ったあらゆる人々の良心でできあがっている。(407ページ)
自分は生きていることはそう悪くないものだということに確信を持ち始めていると律は気がついた。それは、明確な対象はなくとも、「愛している」と言ってもいいような心持ちだった。(408ページ)
エピローグ(二〇二一年)にもネネが登場して、ちょっとほっとしました。この物語で、一番ずっと変わらなかった、変わらないでいてくれたのは、ネネでしたね。

