2026年05月03日

憲法記念日に寄せて

 今日は79回目の憲法記念日です。

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(国立国会図書館ウェブサイト「日本国憲法(官報号外)」をもとに、余白を削除して作成)

 高市首相は、4月の自民党大会で「(憲法改正の)時は来た」と宣言されました。私は、現政権による憲法改正については、内容の如何に関わらず、賛成できません。憲法は、国のあり方を決め、それを守るために国家権力に制約を課すものです。それを権力側が主導して変えようというのであれば、主権者たる私たち国民が、権力者側に「国のあり方」について信頼して任せることができる状況でなければなりません。ところが、今の状況はどうですか。嘘とごまかしばかりではありませんか。

 トップの高市首相からして、全く信用に値しない政治家です。討論から逃げ続け、SNSで一方的に情報発信するなんて、まともな政治家のやることではありません。敵対する勢力相手であっても、堂々と論戦を受けて立ち、自分の政治信条を豊かな言葉で語ってもらわなければなりません。そうなって初めて、「この人の語る憲法論に賛同するのかどうか」が国民として判断できるというものです。そうでなければ、国民投票を実施されても、すべての項目に問答無用で「否」と答えるしかありません。

 高市氏だけではありません。他の政権要職の方々を見ても、「いつも何かをごまかしている」人ばかりです。スキャンダルがどうこう、という卑小な話ではありません(連立与党の日本維新の会の方々は、このレベルですでにダメですが)。要するに、「国民の総意としての国のあり方」を代表して議論することに関心が向いておらず、ご自身の権力維持や承認欲求が第一の関心事だ、ということがあまりにも見え見えなのです。だから、「改正案」のあちらこちらに「国民の権利を縮小して政権の権限を拡大する」内容が顔を出してしまうのです。そんな「改正案」を受け入れるわけにはいきません。

 私自身は、憲法改正そのものについては、決して後ろ向きではありません。前文の、日本語文としての不自然さ・読みづらさは何とかした方が良いと思いますし(内容を変えてはいけない)、自衛隊の憲法上の地位はもっと安定したものであるべきです(戦争放棄の原則は堅持)。7条解散、臨時国会招集期限なども、施行後80年を経て再検討の余地はあるでしょう。緊急事態条項が必要だとは思いませんが、もし導入するとしたら、国民の権利を憲法で制限することになるのですから、極めて抑制的、かつ権力側に大きな制約を課すものであるべきです。

 憲法審査会や国会で、ごまかさずに、内容のある議論ができるレベルに到達してください。また、私たち国民は、そういう政治家を選んでいく目を養わないといけません。その上で、今後提案されるであろう改正案が、様々な点で「国民の権利を縮小する」ものであることを国会での議論で明らかにし(ここで重要なのは、反対派による異議表明と、推進派による反論が、高い透明性・論理性を持って進められることです)、それでもなお国民がそれを受け入れるのかを問うべきでしょう。

 国民の権利が縮小されることを是とする人はいますし、その人の数が有権者数の2/3を超えるのであれば、私は不本意ながらその結果を受け入れます。それが本当の民主主義というものです。現状では、そういう「正面からの議論」なしで、ごまかしながら憲法改正を通そうとしています。これでは、話にも何にもなりません。

タグ:社会
Posted at 2026年05月03日 13:04:35
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