2021年02月23日

ピアノソロ曲の打ち込み:表情付けの実験

 Facebook の FMIDIRBN で、ピアノソロ曲の打ち込みについて少し議論がありました。はて、自分はどうやって打ち込んでるんだろう、と振り返ると、なかなかうまく言語化できないことに気づいた。そこで、ベタ打ちから段階を踏んで、表情付けの実験をやってみました。

 題材は、ショパンのピアノソナタ第2番第3楽章の中間部です。

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 音源は Mac の内蔵音源を使いました。あまり立派な音源を使うと、データがヘボくてもそれなりに聴けてしまうので、なるべくアラが目立つように、特徴のない音源を使っています。

 (1) 最初は完全なベタ打ち。ヴェロシティは90固定、テンポは60固定。LilyPond から出力して作成しました。

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 (2) スラーの終わりの音を少し短くする。ただ、あとでペダルでつなぐので、実はあまり意味はない。

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 (3) ヴェロシティを下げる。右手は64、左手は32。ピアニッシモだからヴェロシティいくつ、というのは特に考えていません。楽譜に書かれている強弱というのは、演奏者に向けた「ヒント」みたいなものであって、物理的な音量と対応づけるものではない、と思っています。私のやり方では、ピアノ曲ではヴォリュームやエクスプレッションはいじらず、ヴェロシティ1本です。

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 (4) ペダルをつける。上の楽譜(Peters 版)にはペダルの指示がありますが、1小節踏みっぱなしだとメロディが濁ってしまうので、2拍ごとに踏み替えます。踏むタイミング・離すタイミングは要注意です。楽譜の指示だと「1拍目と同時に踏んで、3拍目の直前に離す」ように見えますが、実際には「1拍目を鳴らした少し後に踏んで、3拍目を鳴らした直後に離す」のが普通です。これは、ピアノを弾いたことがない人にはわかりにくいポイントかもしれない。

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 (5) 右手のフレージングに合わせてテンポを調節する。ここはいろいろな考え方があるけど、私は下のようにテンポイベントを入れます。ポイントは2つあって、「フレーズの最初と最後を少し遅く、真ん中を少し速くする」ことと、「テンポイベントは拍の位置からずらす」ことです。テンポイベントを拍の位置に合わせて置くと、「急に遅くなった(速くなった)」感じになって、ちょっとずっこけるのです。(これに気がつくのに10年以上かかった……)

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 (6) 左手のフレージングに合わせてテンポと左手のヴェロシティを調節。左手は8分音符4つの塊で動いているので、この塊ごとに「最初と最後を少し遅く」する。今回は遅くする区間が短いので、「真ん中を速くする」ことはしていない。下の図で色をつけたところが、今回「遅くした」部分です。

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 ヴェロシティは、フレーズの性格によっていろいろな調整法がある。今回の左手は、一律に「46,36,29,22」という値にした。最初の音を少し強調して、あとを抜いていく感じ。

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 (7) 右手のヴェロシティを調節。この調節でメロディの表情が決まってしまうわけだけど、最初から一発合格は無理なので、とりあえず大まかな表情付けから始める。フレーズの最初と最後を弱くして、真ん中をふくらませる、というやり方で、ほぼ機械的に設定。スラーの塊が4つあって、後ろの方ほどピークのヴェロシティが(少しずつ)大きくなるようにしている。7小節目がクライマックスだろう、という考え方ですね。ただし、最後の1小節は力を抜かないといけないから、ヴェロシティも下げる。

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 (8) 右手に合わせて左手のヴェロシティを再調節。(6) では、8分音符の4つの塊ごとにすべて同じヴェロシティにしていたのだけど、右手のヴェロシティの方向性が定まったので、それに合わせて左手も同じようにヴェロシティを動かす。5小節目と7小節目の前半(青い点線で囲んだところ)だけ、後ろの3つの8分音符のヴェロシティが少し大きめになっています。ここは、少しクレッシェンドしたいところなのです(7小節目には明示されている)。5小節目の前半は右手が2分音符、7小節目はトリルで、クレッシェンドが表現しきれません。トリルでクレッシェンドをかけると、必要以上に強烈になってしまいます。このため、左手で補っているわけです。

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 (9) 微調整1:3小節目の前半を粘って(テンポを遅く・音を強く)、後半〜4小節目を少し戻す(速く・弱く)。楽譜のフレージングでは、1〜2小節、3〜4小節がそれぞれ1つのフレーズということになっていますが、もう少し大きく見ると、1〜4小節で1つのまとまりと見ることもできます。和声付けも I → V → V → I となっていて、4小節で1つのカデンツです。(7) でつけたヴェロシティでは、2小節目と3小節目が切れてしまっています。そこで、2小節目後半(左手)に少しクレッシェンドをかけて、3小節目冒頭(両手)を少し強くして、2つのフレーズに連続性を持たせます。3小節目の冒頭を遅くするのは、「フレーズの真ん中は少し早めに」という方針と矛盾しますけど、ここに属7和音の基本形がきて、しかもメロディが7音で緊張しているので、強調が欲しいと感じるところです。(このあたりがまだうまく説明できない……)

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 (10) 微調整2:5小節目2拍目〜6小節目1拍目を少し急かして(速く・強く)、6小節目後半をゆるめる(遅く・弱く)。これは、6小節目の3拍目でスラーが切れていることを意識したものです。ペダルを踏んでいるのでもちろん音は切らないのですが、「Es D Es F Ges」と「B F Es」は別物だ、ということをはっきり示したい。下のように、テンポとヴェロシティで、6小節目3拍目の2つの8分音符が別であることを表現します。

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 (11) 微調整3:トリルをゆっくり入って徐々に加速する。また、この小節のクレッシェンド・デクレッシェンドをもう少しはっきりつける。(8) にも書きましたが、トリルをあまり大きくするとうるさいので、クレッシェンドは左手で補う。トリルの速さについてですが、曲によって違うし、演奏家によっても違うので、一概には言えません。この演奏では、一番速いところで1音 60 ミリ秒ぐらい(1秒間に16〜17音)です。もう少しゆっくりでもよかったかも。実際の演奏では上限の速さはどれぐらいなんでしょうね。聴いた感じの印象では、1秒間に20音ぐらいが限界かなと感じますが。

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 (12) 微調整4:最後の小節の入りを少し溜める(小節をまたいでテンポを落とす)。最後の小節全体を少し遅く、弱くする。フレーズの終わりだし、1小節中で「V → I」の終止形を聴き手に納得させないといけないので、1拍目を溜め気味に入ってしっかり聞かせて、テンポを落としながら終止形に持っていきます。

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 (13) 微調整5:「微調整1」の3〜4小節の調節をもう少し追加。1小節の入りを少し弱くする。全体を聴き直して、違和感を感じるところを修正していきます。まだいくらでも手を入れられますが、今回はこのへんで手を打ちました。

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 (1)から(6)ぐらいまでは、「音が鳴ってる」だけですね。(8)ぐらいになって、少し「音楽」っぽくなってくるかな。(13)まで来て、ようやく演奏者の意図が見えてきて、「演奏」に近づいてくる気がします。

タグ:音楽 DTM
Posted at 2021年02月23日 23:46:35
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